前回のPart.1を
箇条書きで
振り返ります
・秋休みに登校した時
原理研のメンバーに誘われ
アジトに行く
・その足でイベントに参加する
・2泊3日のセミナーに
無理やり参加させられることになる
・セミナー参加当日まで
原理研のアジトに通う
・原理研のメンバーと懇意になって
自分もメンバーになってもいいと
思うようになる
・信仰の道に入る為には
自分にとって最も大切なものを
放棄しなければならないと知る
・信仰をとるか
最愛の彼女をとるかで
動揺する
・2泊3日のセミナーでは
結論が出ず仕舞い
・そして7日セミナーに
自ら志願して参加することになる
そして
ここからが
今日のお話です
7日セミナーは
前半3日半までは
どうか
私から
彼女を取り上げないで下さいと
神様に
懇願するばかりでした
そして
いよいよ
4日目の夜
セミナーの結論に
至ることになります
その講義を聴いていた時
イエスキリストの再来が
解き明かした真理であるという
啓示が下りました
それが
文鮮明師だったということ
もうそうなってしまえば
彼女のことなんか
とても
ちっぽけなことに
過ぎなくて
大学も
中退して
統一教会に
献身したいと思うようにまで
至りました
その後のセミナーは
もう
4日だけで
十分
心が弾んで
講義に集中できませんでした
そんな折に
讃美歌を歌っていった時
心の底から
感動の心情が
あふれ出てきて
我知らずのうちに
号泣しました
後に
それが
聖霊体験と呼ばれるものと
知りました
洗脳ではなく
洗心です
さて
その後が問題です
私は
この話を聴けば
誰もが
統一教会を
受け入れるであろうと
とんだ
思い違いをしていました
友人を誘うも
考え方が
おかしいと
怒ってしまう者
原理研のメンバーに
なったというだけで
私を無視するかつての親友
それに
驚いたのは
入会して間もない
メンバーが過ごす
信仰がないどころか
文鮮明師を否定するものやら
無神論の学生がいたことです
私には
到底理解できないことでした
今となっては
統一教会の組織に
帰依することが
信仰であるとする
誤った
信仰観に支配されている
教会幹部(=患部)が
元凶であることを
知りました
こういう信仰観は
日本独特のもので
教会に属するもの
属さないものを
線引きして
属さないものを
非原理と差別するのが
日本の教会です
私が
入会した当時は
まだ
世界情勢は
冷戦状態の真っ只中で
国際共産主義が
猛威をふるっていた頃でした
私は
入会より
およそ半年後
理念的のみならず
物理的にも
闘う
急先鋒になっていました
ここからが
明日以降に
お話しすることになります