人は知らないけれど知っている

何の話かと

言えば

神の存在です

神の存在を

否定する人でも

祈る気持ちになったことは

あるはずです

例えば

自分にとって

大切な人が

病気にかかって

手術を受けるとなったら

無事成功を

祈りますよね

普通の人であれば

その祈りの対象が

神であり

知らず知らずに

神を求めているのです

逆に

神の存在を

認めている人

とりわけ

統一教会の信者さんに

言いたいのは

断食後の食事を

求める以上の

心で

理想社会の実現を

求める

心があるのかということです

不眠不休が続いた後

睡眠を求める以上に

世界平和を求める

気持ちがあるのか

ということです

まあそんな人

皆無でしょう

だから

統一教会

偽善者の集団だと

言うのです

そういう

私も

約30年間

統一教会

所属しながら

偽善の信仰を

していました

さて

神が存在するとして

何故

戦争や犯罪を

防ぐことができないかと

疑問が浮かぶのは

至極当然です

結論的に言って

世界人類を

支配する

サタンと呼ばれる

悪魔の主権者というか

支配者が存在するからです

絶対善の神が

サタンの支配に

関与すれば

悪の存在を

認めることになり

絶対神でなくなるからです

もう一つの理由が

人間の責任で

悪の世界が出来たのだから

人間の責任で

解決しなければ

人間が

神の子になることが

出来ないからです

人間の責任に

神が干渉すれば

人間は

神の子ではなく

神のロボットになってしまうからです

人間を心から

あまりにも

愛しているが故に

鳴かぬなら

鳴くまで待とう

というのが

神の心です

さて

今日もっとも

主張したいのは

サタンと呼ばれる

悪魔の存在についてです

民は愚かに保てという

愚民政策は

権力者たちの常套手段です

インターネットの普及で

ありとあらゆる

情報が飛び交っています

溢れかえっている

情報を

如何に

取捨選択するかが

重要ですが

それは

あまりにも

困難なことです

Aという主張する人は

必ず

Aについて

明確な根拠を

主張します

その一方で

Aという主張を

覆す

Bという主張を

論理的に述べている人もいます

そんな中で

最も巧みなのは

真の支配者である自分の存在を

表に出さない存在です

その究極が

悪魔・サタンです

神について学ぶ

神学はあれど

サタンについて

学ぶ学問は

ありません

悪魔にとって

神の存在を

知られるのは

不都合ですが

まだ

そこまでだったら

余裕のよっちゃんです

何が困るかといえば

自分自身の正体が

何であるか

サタンは

どのように

人間世界を

支配しているのか

などについて

暴かれるのを

怖れているのです

だから

サタンは

表立って

出てこないのです

私のような

ハンチク者が

こんなこと言っても

世に与える影響は

限りなく

ゼロ%ですから

サタンも

せせら笑っているでしょう

もし私が

マザーテレサ女史のような

存在だったとして

このようなことを

ネットで

流し始めたら

暗殺される

可能性が高いでしょう

サタンでなくても

事実上の

この世の支配者も

それに触れる

存在は

暗殺こそしなくても

ありとあらゆる

手段を用いて

社会から抹殺しようとするでしょう

さて

ここから

話題が文頭の方に

戻ります

性善説性悪説

ありますが

私は

堕落説です

善なる人間が

サタンによって

堕落して

悪となり

人類歴史が

始まったという

考え方です

堕落とは

無知に陥ることを

言います

人間に

精神と肉体が

あるように

無知にも

精神的な無知と

肉体が象徴である

物質的な無知があります

精神的無知を

克服しようというのが

宗教であり

物質的な無知を

克服しようというのが

科学でしょう

ところが

宗教に偏り過ぎると

話しが非科学的になり

現代社会では

一般的には

受け入れられません

また

精神疾患

薬物療法

最も効果的という事実は

精神に対して

物質の方が

優位であるかのようです

その一方で

科学のみを追求すると

戦争犯罪

濫用されるのを

手をこまねいてみているだけに

なってしまいます

普通に考えて

物質的な平安よりも

精神的な平安の方が

優先されてしかるべきだと思います

親に

自分の子供から

人間が死んだらどうなるのか

ときかれて

死後の世界があることを

教えられないとしたら

子供は

人生に希望を持つことが

出来なくなるでしょうと

トルストイの小説で

読みました

神の存在を

認めない人でも

心の存在を

否定する人は

多くないでしょう

では

その心は

どこにあり

死んだあと

その心は

どうなるでしょうか

唯物論者は

心は肉体の産物で

人間死ねば

心は肉体とともに

消滅すると

主張します

ところが

唯物論

アインシュタイン

エネルギーと物質の関係式によって

物質が

エネルギーという観念で

規定されてしまい

崩壊しています

心こそが

神の存在する世界で

世界平和は

心の世界から

始まらなくては

ならないというのが

文鮮明師の根本的な

教理だと

私は思っています

信仰は

統一教会

所属することではなく

自分の心に

天国を創ることだと

考えています

残念ながら

私は信仰するつもりがないので

心に天国を

創ることは出来ませんが

離婚して

心が安定し始めたのも

事実です

良心は

神に優り

父母に優り

師に優るということだけが

私が唯一

信じたいと思う

文鮮明師の教えです

今日は

最近になく

長文・乱文になってしまいました

辛抱強く

最後まで

読んで下さって

どうもありがとうございました