宗教が科学発展の妨げになっているのか

宗教は

確かに

非科学的な

主張をすることも

あることは

確かです

しかし

宗教抜きで

科学のみが

発展したとしたら

科学自体が

善悪の判断を

しないので

とんでもない

暴走をしてしまう

危険を

孕んでいます

人類滅亡の

最終兵器まで

つくり出した

現代科学には

宗教の倫理道徳が

必要不可欠では

ないでしょうか

そうした宗教も

科学的な根拠に

適った

主張をすべきでしょう

宇宙森羅万象が

神による

創造であるとするのならば

それが

どのような

原理原則に

基づいているのかを

科学的に

論証する必要があります

悪の起源となったとする

聖書にある

失楽園の物語

アダムとイブが

禁断の実を

とって食べたことが

そもそも

なぜ罪となったのか

これを

科学的に

解き明かすことが

必要です

禁断の実が

本当に

リンゴのような

木の実だったのなら

子々孫々まで

罪が遺伝するはずはないでしょう

さらに

悠久な人類歴史を

通して

神が何らの

人類救済の手段を

講じていないというのは

考えにくく

果たして

人類歴史に

生きた神の証しを

見出してこそ

神の存在を

確かに

認識することができるものです

以上の要件を

充たすものは

文鮮明師によって

解明された

統一原理ですが

もはや

文師はこの世の人でなく

文師夫人の率いる

統一教会

迷走しています

果たして

何を信じて

良いのやら

分からないのが

現在の有様です

そんな今

文師が

晩年語られた

良心は

神に優り

両親に優り

師に優る

という

言葉だけが

頼りです

今や

宗教の時代も過ぎて

全ての人が

自分の良心に

従って

生きれば

自ずと

道は開ける

ということでしょうか

しかし

良心基準は

全ての人によって

違うので

良心同士が

ぶつかったら

どうなるのでしょうねえ

全ての人が

互いの良心を

尊重する

姿勢が大事で

自分だけが

正しいと思わないことでしょうね

ここらへんのところ

一つの宗教に

凝り固まっている

人たち

例えば

統一教会の信者さんたち

私もかつては

そうでした

まあ

今日の私の主張も

一つの考え方で

他者を染めるつもりは

ありません