日本と韓国を
比較した場合
ざっくり言って
男性的なのが
韓国で
女性的なのが
日本だと
思います
また
韓国は
主体的であり
日本は
受動的であるとも
言えます
その顕著な例として
言葉の表現が
あげられます
日本人が
何かを任されたとき
やらせていただきますと
言葉にするのが
一般的です
それを
韓国語では
単に
やりますと
言います
また
勝負事で
応援をする時
負けるなというのが
日本
勝てと
ストレートにいうのが
韓国人です
笑点の笑い話で
もらってやってくれという
日本語について
あげるのか
もらうのか
どっちなんだという
話がありました
これも
韓国語では
もらいなさいと
言うだけです
さて
私も
日本人ですから
一般の韓国人に
比べれば
受動的なのでしょうが
受け身になることを
嫌う方です
かつて
私が
信仰の真似事を
していた
日本統一教会では
中心者(責任者)の
「相対」になることをもって
信仰とするのが
常識でしたが
私は
これについて
疑問視していました
教祖様の教えでは
「絶対」信仰でしたから
「相対」になることとは
真逆であったからです
更に
中心者には
何から何まで
管理されるのが
善とされるのが
日本統一教会です
勿論
組織活動においては
それは
それで
正しいのでしょうが
個人の信仰についてまで
管理されるのは
信仰の自由に
反するものとして
私は
凄く嫌でした
教会から
飛び出した
今では
かつてのことが
本当に
歯がゆく思えます
長い物にまかれるのが
実に嫌いな
なごやんでした