幸せって何だろう

金に生きるは

下品に過ぎる

恋に生きるは

切なすぎる

出世に生きるは

くたびれる

というのは

とある必殺シリーズ

オープニング

ナレーション

人生は

とかく

賽の目次第ということを

訴えています

私は

占星術

ギャンブルには

不向きなので

賭け事は

しません

勿論

宝くじなんて

昔は

買ったことも

ありますが

今では

絶対買いません

宝くじ買う人に

当たること

期待するなら

交通事故に

気を付けた方が

いいですよと

諭します

ギャンブルに関しては

とかく

詭弁が

まかり通っています

例えば

夢を買っているんだとか

そう言われれば

確かに

反論できませんが

悪銭身に付かずとは

よく言ったもので

そんなあぶく銭の為

人格が

豹変してしまうやらも

知れないのです

話は

ちょっと

脱線しますが

お許しを

私の伯父の話です

バリバリの営業マンだった

伯父は

人生半ばで

新築のマイホームを

手に入れます

しかし

詐欺に遭って

大金の負債を

負わせられて

ヤクザに

持ち家を

巻き上げられます

しかし

伯父の凄いところは

伯母の内助の功

あってではありますが

苦労に苦労を重ねつつ

再び

60過ぎにして

新居を手に入れます

卒寿にして

なお

現役で

朝2時起きの

新聞配達を

やるほど

お金に対する

執着は

強かったです

一つ

とても残念だったのは

美人で気立てのいい

伯母が

この世は

金・金・金よって

言っていたことです

そう

今日の記事の

冒頭にあった

金に生きるは

下品に過ぎるという

お金に対する

私のとらえ方に

一石投じられました

よほど

お金のことで

苦労をしたんだなあと

思いました

家族で暮らしていた時

一番の幸せは

家族水入らずで

近所の中華料理店に

夕食を食べに行くことでした

私は

ご飯時に

テレビをつけているのが

不満でした

家族が

一つのテーブルで

私の作った

料理を食べるのが

理想でした

息子が小学校を

卒業するくらいまでは

私の言うこと

従わせることが

できましたが

大きくなってからは

無理でした

そもそも

家内が

朝起きて

直ぐに

テレビのスイッチを

オンにするのも

不満でした

この家の主人は

テレビかーって

だから

中華料理店で

外食する時は

家族が一つのテーブルを

囲んで

ご飯を食べる

一時だったので

それが

幸せでした

さて

今の私にとって

幸せとはと

問われれば

何と答えたら

いいでしょうか

家族愛を

失って

得たものと言えば

限りが皆無の自由では

ないでしょうか

更には

施設の長が

W課長さんになって

今更働くなんて考えなくても

施設で楽しく過ごしたら

いいじゃないですかと

ぷー太郎に

お墨付きを

頂いたことも

幸せかな

PSWのYさん

CPのY先生

このお二人にも

凄く癒されています

NsのKさんやIさんにも

いろいろ

面倒見てもらっています

親友のMさんは

Kさんに辛口評価ですが

Kさん目立たないところで

しっかり

仕事されていますよ

例えば

何度も

私は

Kさんに

足の指の爪を

切ってもらったことがあるし

便秘や緑内障(私の持病)のこと

相談にのって頂いてます

施設のスタッフと言えば

もう一人いますが

理由があって

利用者の蛇を

嫌うのとは

違って

生理的に

受け付けない

アレルギー反応みたいなもの

その人さえ

受け入れられるのなら

施設は

100%ですが

やはり

この世に

完璧というのはないということで

丁度いいのかもしれません

大雑把に言えば

私は

幸せなんでしょう

今頃

家内は

幸せなのか

なんて

思っても

仕方がないですね

今日も

最後まで

読んで下さって

ありがとうございました