雨降る午後の日曜日

今日は

日曜日ということで

洗濯と

部屋の掃除を済ませて

ミィちゃん(私のCDプレイヤー)で

GARNET CROW

聴いていました

11時に

早めのお昼ご飯を

済ませて

最近すっかり

習慣となってしまった

お昼寝しました

目覚めて

今度は

マイちゃんで

ゲーム

そして

4時になったので

ケイちゃんで

メールチェックした後

こうして

ブログを書いている次第です

外は

気分を憂鬱にさせる

雨降りです

こんな日でも

外回りの営業されている

セールスマンは

私の経験上

たまったものじゃありません

でも

トップセーラーは

そんなこと

気にもとめません

雨が降ろうが

雪が降ろうが

安定した

売り上げの実績を

残すものです

営業マンとして

劣等生の私は

いつも

天候に

実績が

左右されました

一日あたり

10万円以上

売り上げる

トップセーラーに

比べ

私は

1万円にも

満たない

売り上げで

営業活動の諸経費を

考慮すると

1万円未満では

赤字になると

上司に

叱咤されました

しかし

それは

今では

遠い昔の話

病気になる前のことです

飛び込みの

営業マンをしていたので

施設でバザーをやる時

大きな声出して

客引きするなんて

何の抵抗もありません

しかし

未経験者にとっては

かなり

度胸のいることで

なかなか

声の出せない

メンバーさんも

います

性格の問題もあるでしょうけれど

やっぱり

恥ずかしいものです

私の場合

恥ずかしさは

ないのですが

若い時

それも健康だった時のように

何時間も

ぶっとうしで

大声上げる

気力・体力が

なくなりました

そういうと

営業活動の他で

大衆に向かって

声を出すことは

学生時代

日本共産党に反対する

アジテーションをした

経験がありました

トラメガこと

トランジスターメガホンで

日本共産党

マイナスな歴史を

とうとうと

演説し

日本共産党の下部組織である

民青同盟の勧誘に

待ったを呼びかけていました

当時は

徹底した

右派であり

左翼陣が

ビラで主張する

論陣を

論破するべくビラの

作成と配布に

一日が過ぎていました

キャンパスには

必ず行くけれど

講義には

参加しない

落ちこぼれ

ビラ作成で

記事は作れど

印刷は

不得手で

理系科目で

お世話になった

Kさんに

いつも

オフセット印刷

任せていました

Kさんは

優しいタイプなので

左翼の暴力には

無抵抗なので

いつも

私が助けなければ

なりませんでした

だからといって

私は

決して

腕力に自信のある

タイプでは

ありません

韓国の正道術(チョンドースル)という

武道をやっていたので

殴ったら

殴り返されるので

左翼暴力学生には

一目置かれていました

毎年

4月の今くらいが

一番

左翼学生との

暴力的衝突が

多い時期でした

普段は

冗談ばかりの私が

深刻になって

無口でいるのを

先輩のOさんが

よく

心配して下さいました

国際共産主義から

日本を守るという

使命感に燃えていました

ところが

現在は

グローバリズムという

仮面を被った

共産主義者を操る

闇の権力者の台頭で

何がシロで

何がクロなのか

判別のつけにくい

時代になりました

国境を撤廃して

貧富の差をなくし

人種差別もなくしましょうという

如何にも

聞こえの良い

謳い文句を

唱えながら

実は民から搾取した

億万の富を

独り占めにしようとする

輩の正体が

グローバリズム

提唱する張本人であることを

知らない人々が多いのは

遺憾なことです

NHKグローバリズム

走狗と論じる人もいます

95%の正論で

5%の偽りを

民に信じさせる

とんでもない

巨悪という話です

ある意味

安倍よりも

始末が悪いです

安倍の悪魔ぶりは

常識的な思考回路で

判断すれば

シロクロ明らかなのに

さて

安倍とグローバリズム

関して言えば

彼は

グローバリズムにも

反グローバリズムにも

良い顔している

という話を聞いたことが

あります

本音が分かりづらいです

しかし

いずれにせよ

歴史が安倍を

審判するときが来るでしょう

私は

グローバリズム的な思想には

共感しつつも

グローバリズムの提唱者には

反対し

反グローバリズムである

ナショナリズムにも

反対です

そういいつつも

正しさのベクトルは

人によって違うので

私が

このブログで

語っていることが

絶対だとは

言いません

自分の目と耳と頭で

人それぞれが

判断していることは

尊重すべきだと思います