淋しい大学卒業式

今週のお題「〇〇からの卒業」

大学を

卒業できたことは

殆ど奇跡でした教養課程を

通常の3倍かけて

専門課程に

進級しました

そこまでは

想定範囲でした

想定外だったのは

大学を卒業する

8年目に

統合失調症

罹患したことです

まず

一番の問題は

自力で

卒論が

書けないことです

それを

たまたま

選んだ

土木工学科の

港湾研究室の

助手さんが

全部

書いて下さったことです

更なる問題は

土木科の教授・助教授を

前にして

論文発表という

セレモニーが

あることです

それも

助手さんが

卒論発表の文言を

認めて下さいました

それでも

なお

質疑応答という

とんでもない

ハードルがあり

それだけは

私の責任で

なさねばならないことでした

発表日前にして

三日三晩

緊張のあまり

眠ることが出来ませんでした

しかし

案ずるより産むが易しで

教授陣の質問に対して

応えの言葉が

すらすらと

与えられて

気がつけば

無事

終了することができました

助手さんが

心配して

発表会場の

入り口のところで

待機されていて

無事おわりました

有り難うございました

と言いつつ

助手さんと

涙の抱擁がありました

そんな苦労しても

卒業式の日は

まだ

入院中で

周りの学生たちは

みんな

卒業後の明るい

進路が決まっている中

私だけが

とりあえず

病気を治さなければ

なりませんでした

卒業後の治療計画は

私が

とにかく

社会復帰することでした

その第一段階として

アルバイトから

始めることでした

一番最初は

ポスティング

二日で

リタイアしました

それでも

先生からは

よくやったと

お褒めの言葉を

いただきました

なんとなれば

私や

当時婚約中の

家内には

統合失調症

その時には

精神分裂病という

本当の病名が

告知されておらず

ただ

自律神経失調症とだけ

伝えられていたので

そんなに深刻には

自分の病気について

軽く考えていたからです

とにかく

社会に出て

働けば

自信がついて

病気は

治るからという

主治医先生の言葉を

信じて

皿洗いのアルバイト

一年続きました

でも

やればやるほど

自信がなくなって

いきます

そのアルバイトを

止めたのは

故郷の名古屋で

所帯を持とうという

家内の提案が

あったからです

名古屋に戻ってからが

更なる波瀾万丈の連続でした

それについては

機会をあらためることに

します

ということで

今日は

オシマイです

また

明日