私の精神病歴 大学卒業後3年間編 Part2

卒業後

2年目は

今振り返ってみても

よく

頑張ったと

自分を

自分で

褒めてやりたくなるほど

頑張りました

働けば

治るという

主治医先生の

一言を

一途に

信じたからです

皿洗いのアルバイトと

言っても

決して

半端ではありませんでした

一番厄介だったのは

グラタンの容器です

チーズが

こびりついて

簡単に

洗うことが出来ません

そればかりに

時間をかけていると

次から次へと

運ばれてくる

膨大な数の皿が

溜まってしまいます

皿だけではなく

デザート類や

飲み物のグラスなんかも

ものすごい量でした

そして

スプーン・フォークなども

洗わなくてはなりません

基本的には

食器類とお水のコップと

スプーン・フォークは

洗浄機にかけるのですが

先にも述べたように

チーズのこびりついた汚れなど

しつこい汚れは

洗浄機で

きれいにすることは出来ません

頭にくるのは

ほとんど

口もつけずに

返却されてくる

フロートのグラスです

食べないんだったら

注文するなよと

愚痴をこぼしたい

気分でした

平日でさえ

忙しいのに

土日は

さらにもっと

忙しかったです

月曜と火曜日を

休みにもらって

いましたが

それが

祝日となると

半強制的に

出勤させられました

風邪をひいて

微熱があると言っても

休ませてくれません

当時は

パワハラなんて

概念がなかったので

今から考えたら

ありえないことでした

そんな毎日に

終止符を打ったのは

家内が

所帯を持つのは

私の故郷である

名古屋にしようと

提案したからです

私としては

皿洗いのアルバイトを

辞める口実になるので

これ幸いにと

家内の提案を

受け入れました

名古屋での悪夢のような

毎日が

待ち受けていようとは

全く思ってもみませんでした

丁度

そんな頃

病院の事情に

変動がありました

まず

主治医の先生が

向精神薬を服用していることで

病院を解雇され

後釜の先生も

実家に戻ることで

病院を退職されました

そんなこともあって

仕事を強制する

存在がいなくなっていました

特筆すべきことは

仕事のストレスで

過食の毎日だったことです

休みの日は

一日中

横になっていて

運動不足の

状態が続きました

それで

挙句の果て

随分と

太ってしまいました

卒業式に着た

スーツが

着られなくなっていました

身も心も

病んでしまっていた

大学卒業後2年目です